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2007.09.15 笑う介護。
どーしても今すぐ読みたかった本です。

でも近くの書店にはないし
入荷を待ってるのももどかしい。
他に欲しい本もなかったんですが
送料払っても読みたくて(^^ゞ


笑う介護。 (sasaeru文庫 ま 1-1) 笑う介護。 (sasaeru文庫 ま 1-1)
松本 ぷりっつ、岡崎 杏里 他 (2007/09/10)
成美堂出版

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というのも、実は私・・・・
(ハンドメイドとは全く無関係の記事なので興味のある方だけどうぞ。)


19歳の時に母が脳出血で倒れて以来
ずっと介護生活を送っているんです。

母は半身不随で車椅子生活、ついでにうつのオプション付き。

あ、でも、車椅子生活といっても
身の回りのことは大抵一人で出来るんですよ。
でも何もかも一人でやるのは危ないので
入浴は介護保険を利用しての入浴介助を週2回
週1でデイサービスと訪問リハビリを受けています。

なので私の仕事は炊事洗濯掃除、
母の月1の精神科外来のお供、
気晴らしの近所の買い物のお供
薬の管理くらいです。

なので、他の方に比べれば比較的楽な介護といえるんじゃないでしょうか。


でも、今でこそ母に時折笑顔が見え
私も子供達と母と一緒に笑える日々を送ってますが
ここまでが辛かった。

脳出血の後遺症で半身不随になった現実を受け入れられず
何に対してもネガティブ全開の母。
体を回復させるためと現状維持のためには
毎日のリハビリが欠かせないのですが
思うように体が動かないためにそれもままならず
リハビリより薬への依存が高くなっていった母。

睡眠剤・下剤の乱用で気がつけば心も体もボロボロになっていました。

喧嘩のたびに
『あの時死ねばよかったんだ』
とつぶやく母。
このつぶやきを10年以上聞いていた私もぶち切れました。

『じゃー死ねばいいでしょ!!』


この言葉の翌朝
母は睡眠剤を多量に飲んで自殺未遂を図りました。

幸い飲んだ量が少なく、後遺症も残りませんでしたが
この事件がきっかけで、母がかなりのうつ状態であると分かりました。

私も夫もこの事件には心身ともに参りました。
自分を責め、母を責め
あの時こーしてれば、あーしてればと悔やんでも悔やみきれず
泣いてばかりの日々。

でも精神科の入院生活(約3ヶ月)でお互いにとても救われました。
先生・看護士さん・リハビリの先生
ケアマネージャー・介護士の方々・親戚関係
色んな方の助けがあって今の笑顔があります。

もちろん、抗うつ剤がなければまた元に戻ってしまう可能性があります。
なので月1の外来は欠かせませんが
あのどん底の日々に比べれば
それくらい屁のかっぱです(笑)。

今、介護で悩んでる皆さん
一人が辛ければ役所や病院、近所の方に遠慮なくSOSを出してください。
救いの手を差し伸べてくださる方は、きっといます。
一人で苦しまないでください。

介護は育児と違って前進する喜びはありません。
後退するばかりです。
なので、自分が少しでも楽な道を選ぶのも大切です。
介護サービスなど利用できる物は遠慮せずどんどん受けましょう。

車椅子生活が長いせいか
足腰が弱くなってトイレを失敗する日々が続いていますが
汚物を洗濯するのが辛い時はゴム手袋一枚でぐっと気が楽になります。
でも毎日だとさすがに大喧嘩になるし
洗濯しながら泣いてしまいますが(^^ゞ

昔の保守的な考えの方から見れば
今の介護事情は他人任せに見えるのかもしれません。
でも、実際に介護するのは周りの人ではなく
自分自身なんです。

介護する人が楽でなければ、介護される側も楽ではありません。
お互いに楽な道を選びましょう。
同じ日々を送るなら
無理をして自分を追い詰めるより
介護される側も介護する側も楽な道を行きましょうよ。



と、かなり自分に都合のいい(笑)片寄った意見ですが
14年介護生活をしてて私なりに思ったことをつらつらと書いてみました。

ハンドメイドとは程遠い話題なのでアップするかどうか悩みましたが
最後まで読んでくださってありがとうございました。





今は私も母も子供達も夫も元気です。
この何もない平穏な日々が永く続きますよう。

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